トニー・メイデン特別クリニック

“本質”が如実に現れた特別セミナー


音楽における「テクニック」とは、どういうことなのか…
譜面通りに演奏ができること? 誰もが驚くような超高速で演奏できること? 誰も知らないような技を駆使できること? いや、決してそうではないはず。
見た目の「凄さ/派手さ」よりも、もっと目に見えない何かを持ち合わせていることが、本当のテクニシャンなのではないか。
つのだ☆ひろ氏が校長を務めるワイルドミュージックスクールでは、この音楽の本質とも言える命題を目の当たりにする機会を得ることが出来たのだ。

トニー・メイデン… かの伝説的なバンド、ルーファスやスライ&ファミリーストーンに在籍した世界的ギタリストである。
そんな彼とつのだ☆ひろ氏は実は友人関係にあり、来日公演の際には必ず顔を合わせている仲。
そんなこともあり、今回の来日を機にワイルドミュージックスクールのドラム科において特別セミナーを開催することが出来た。

セミナーには、日頃ドラム科で「つのだ☆ひろグループレッスン」を受講しているトップクラスの生徒4人が参加。
「何でもいいからリズムを出してくれたら、僕がそれに合わせるよ」というトニー氏に対して、8ビート、16ビート、シャッフルなど、持てる限りの知識と技術で挑む生徒たち。
その様子は驚きの連続でもあった。トニー氏は生徒がどんなリズム、どんなグルーヴにも呼応する演奏を披露。
ギターのボリューム、音色、リズムなど、すべてがそれぞれのドラマーに合わせて調整され、快適なセッションサウンドを完成させたのだ。

「ドラマーがたとえどんなに変なリズムを出したとしても、僕はそのリズムについていくことだけを考えているんだ」というトニー氏。
「それがバンドアンサンブルを成立させるのに大切なことなんだ」対して、トニー氏と手合わせをしてもらった生徒たちはどう感じたか…
彼らが一様に口を揃えていたのが「なんだか、ものすごく楽に叩けた」「初めてアンサンブルの”一体感”を感じることが出来たような気がする」ということ。
実際、この時の生徒達の演奏は、普段の実力以上のものが自然と湧き出ていたように思う。

唯一無二の世界的ギタリストから発せられたこと


今回のトニー・メイデンの来日には、この特別セミナーの他に2つの目的があった。
その1つがつのだ☆ひろとのジョイントライブであり、もう1つはつのだ☆ひろのレコーディングに参加すること、である。
そしてこの2つの現場でも、驚くべき出来事を目の当たりにすることが出来た。

まずはジョイントライブに向けたリハーサルでのこと。トニー氏は一切譜面を見ないのである。
それよりも自らのアンテナで感じたままに演奏をしているようだった。
それでいて、音が外れるとか曲のノリが違うということはまったく起こらず、バンドをグイグイ引っ張っていくのだ。
バンドサウンドは、今までにないようなレベルでシャープに、そして快適に仕上がっていった。
トニー氏が演奏中に張り巡らせているアンテナは、常にまわりのサウンドの変化を確実に捉えるだけでなく、他の楽器の気配を素早く察知し、ソロを弾くべき部分/バッキングに徹する部分を瞬時に切り替え、アンサンブルを完成させていたのだ。

別の日に行われたレコーディングの際にも、これと同じようなことが起きていたようだ。
つのだ氏いわく「もちろん、トニーは譜面なんか見てなかったよ。
僕が作ったデモ音源を2回くらい聞いただけで、もう完璧に演奏が出来てる。
ここはソロ、ここはバッキングっていう具合に。
アンサンブルがすぐに完成するんだ。
それも、ものすごく高いレベルで」

トニー氏のギターテクニックは非常に高い。
コードや音楽理論の知識や演奏技術は言わずもがなだが、彼の凄さはそれらに加えて、この上なくシャープにキレが鋭い演奏をしつつ、聞こえてくるまわりのサウンドに臨機応変に呼応した音色・音量をコントロールできることなのだ。しかもトニー氏はピックを使っていない。
つまり、カッティングもソロもすべて指で弾いている。
それでいて、音にはものすごく太い芯がある。こんなギタリストは他にはいないだろう。

譜面に頼らない、しかし決して「その場しのぎ」のような適当な演奏ではなく、その時に流れている自分のまわりの音に最も最適な音量・音質を瞬時に把握し、その音楽が最も快適になるようにフレーズを構成する… これが本当のテクニックだと思うし、音楽の本質なのだと思う。
確実な演奏技術と正確な音楽知識を身につけたその先にあるのは、本来はこういうことであるべきなのだ。

プレイヤーが進むべき方向


トニー氏が今回の来日、そしてワイルドへの来校で身をもって見せてくれたのは、音楽の本質、さらにはミュージシャン/プレイヤーの音楽への取り組み方だと思う。
ドラムを例に挙げるなら、ややこしい手順を駆使した難解で高速なフレーズが叩けることよりも、ごくごくシンプルなリズムパターンをどれだけ快適にプレイ出来るか、そして決してアンサンブルの邪魔にならず、それでいてサウンド全体をコントロールし土台を支えることが最も大事だということなのだ。

果たして今、日本の音楽シーンや音楽教育の場で、どれだけの人たちがこのことに気付いているのだろうか。
これは大いに疑問があるところだ。
少なくともトニー氏を友人とするつのだ☆ひろ氏は確実にその方向に進んでいる。
実際、彼のスクールであるワイルドミュージックスクールでの指導は、その考えを元に行われているし、だからこそ前述のセミナーに参加したドラム科の生徒たちもそれを肌で実感出来たのだ。

今の日本にありがちな譜面(もしくはフレーズ)至上の流れ、さらには打ち込み全盛による”お手軽な音楽製作”の流れから脱してこそ、本当の音楽を奏でることが出来る…
こうしたことが、今回のトニー氏の来日によって改めて実証された形となったと思うし、ワイルドでの指導はこれからもこの方針を変えることなく進んでいく。
日本には数えきれないほどの音楽学校やミュージックスクール、音楽教室があるがで、これが出来るのは唯一ワイルドミュージックスクールだけだ。
だからこそ、ワイルドミュージックスクールでは、今後も国内外の著名なアーティストによるセミナーを開催していく。
ありきたりなセミナーではなく、何が”正しいこと”なのかを学んでもらい”確実に音楽を奏でられる”ミュージシャンを日本の音楽シーンに送り出したい…
これがワイルドの考え/目指すところなのである。

(ワイルドミュージック・ドラム科講師 武田光太郎)